東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)92号 判決
一 請求原因事実中、原告が特許権者である本件特許発明について、被告の特許無効審判の請求から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続の経緯、発明の要旨及び審決理由の要点は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の取消事由2から判断を進める。
1 当事者間に争いのない発明の要旨によると、本件特許発明は、帯電露光同時電子写真方式における清掃装置に関するものであつて、「感光体面を弾性拭掃板で直接摺擦することによつて、残留着色粉を拭き取る」ことを構成要件の一とすることが明らかである。そして、成立に争いのない甲第二号証(本件特許発明の公報)によれば、本件特許発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、その冒頭に「本発明は、電子写真方式の清掃装置、すなわち、着色粉画像を転写材に転写後、感光体上に残留する着色粉を清掃する装置に関するものである。」としたうえ、前記構成要件について、従来の電子写真方式において用いられた感光体表面の残留着色粉の清掃手段と対比しつつ、具体的にその構成及び作用効果が記載され、その説明部分(図面を含む。)が明細書の大半を占めていることが認められる。
そうすると、本件特許発明は、電子写真方式の清掃装置において「感光体面を弾性拭掃板で直接摺擦することによつて、残留着色粉を拭き取る」との構成を備えることをもつて、その特徴的部分、すなわち、その技術的思想の重要かつ基本的な部分とするものであり、要旨中その余の部分は、右部分を限定する前提的な構成部分であるということができる。
次に、先願発明の要旨並びに本件特許発明と先願発明との一致点及び相違点がそれぞれ審決認定のとおりであることは、原告の自認するところであり、その要旨によれば、先願発明は、電子写真法に関するものであつて、所定の構成を有する感光体に、いずれも所定の一次帯電、原画照射と同時にする二次帯電及び全面露光の各工程を行なうことによつて、感光体の絶縁性被膜面上に高コントラストの静電像を形成することを構成要件とすることが明らかである。そして、成立に争いのない甲第五号証の二(先願発明の訂正公報)によれば、先願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、その冒頭に「本発明は、従来の電子写真法に比較して、極めて高感度にして、かつ、可帯電部材の長期繰返し使用が可能な新規な電子写真法に関するものである。」としたうえ、その構成要件について、従来のエレクトロフアツクス方式、ゼロツクス方式、PIP方式等の電子写真法と対比しつつ、具体的にその構成及び作用効果が記載されている反面、現像、転写後における感光体面上の残留着色粉の清掃に関しては、その特許請求の範囲には全く記載がなく、発明の詳細な説明の項にも、「可帯電部材は繰返し使用するため、転写が行なわれた後、絶縁性被膜面を公知のクリーニング法にてクリーニングしてその表面に残存する荷電粒子を除去するものである。」(四頁左欄末行ないし右欄三行)とし、その公知例として「フアーブラシ等」を挙げているにすぎず、本件特許発明における「感光体面を弾性拭掃板で直接摺擦することによつて、残留着色粉を拭き取る」ような具体的手段については全く記載されていないことが認められる。
そうすると、先願発明は、電子写真法において、その要旨に特定されているところの感光体面に高コントラストの静電像を形成するまでの工程のみをもつて、その構成要件とするものということができる。
上記のような両発明の構成要件、特に特徴部分を対照すると、審決認定の相違点(4)の構成、すなわち、本件特許発明においてのみ、現像、転写後における感光体面を弾性拭掃板で直接摺擦して残留着色粉を拭き取るとの構成を具備することは、まさに、両発明における特徴的構成要件に関わる差異であることが明らかであるから、この点において、両発明は技術的思想を異にするものといわざるをえない。
2 ところで、右相違点について、審決は、いくつかの理由を挙げて、慣用の弾性拭掃板による摺擦清掃方式を先願発明の電子写真法のクリーニング手段として用いた点に発明としての差異はないとし、また、被告も、本件特許発明の清掃装置は、先願発明の電子写真法に対する自明ないし無意味な構成の付加に該当する旨主張するので、さらに、この点を検討する。
(一) 前掲甲第五号証の二によれば、先願発明の明細書の発明の詳細な発明の項には、審決の指摘する「耐摩耗強度の大きい絶縁性被膜を選択することにより、その表面に摩擦、加圧等の物理的作用を受けても、損害、劣化はほとんど生ずることはなく……」との記載があることが認められるが、その前後関係の記載に徴して、右部分は、先願発明における感光体表面を構成する絶縁性被膜の物理的性質を記述しているだけであつて、感光体表面上の残留着色粉の清掃に関する具体的手段を何ら示唆するものではない。
(二) 次に、審決は、周知例に「弗素樹脂、ポリエチレン樹脂等の耐摩耗性の大きい絶縁性被膜上に付着している現像後の像は、その表面を任意の部材で摺擦することによつて容易に清掃できる」旨が記載されているとするが、成立に争いのない甲第四号証(周知例)によれば、周知例には「前の像は、麻布、脱脂綿、薄葉紙でこすり、かつ、手でぬぐうことによつて清掃された。」(一頁右欄一六、一七行)との記載があることは認められるけれども、「任意の部材」で摺擦することによつて清掃できる旨の記載は存しない。
もつとも、被告は、周知例には、右記載の後に(イ)「すべての清掃法は前のトナー像を除去するために完全に適当であつた。」及び(ロ)「再び容易に清掃することができ、かつ、引つ掻きに対して高い抵抗性が得られた。」との記載があること(この点は、前掲甲第四号証によつて認められる。)を根拠として、右にいう「すべての清掃法」とは、麻布、脱脂綿、薄葉紙、それらと同種の物等を用いる清掃法を開示しており、これを指して審決は「任意の部材」としている旨主張する。
しかし、前掲甲第四号証によれば、被告の引用する(イ)の記載は、具体例1に関する「前の像は、麻布、脱脂綿、薄葉紙でこすり、かつ、手でぬぐうことによつて清掃された。」の記載に引続くものであるから、その「すべての清掃法」は、直前の「麻布、脱脂綿、薄葉紙、手」による清掃のすべてを指すことは明白であり、また、(ロ)の記載は、具体例1とは異なる感光体に係る具体例2について、「その結果出来たゼログラフ板は次いでゼログラフ法において利用され、かつ、例1で述べたごとく清掃された。再び容易に清掃することができ……」とある段落中のものにすぎないから、(イ)及び(ロ)の記載があるからといつて、周知例に「任意の部材」によるすべての清掃法が開示されているとは、到底いうことができない。
(三) また、審決は、弾性拭掃板によつて摺擦する清掃が慣用されている例示として窓ガラス拭き、黒板拭きを挙げているが、本件特許発明の出願当時において、弾性拭掃板たる窓ガラス拭き、黒板拭きが慣用されていた事実については、これを認めるに足りる証拠はない。仮に、そのような事実があつたとしても、その技術分野が本件特許発明のような電子写真の分野と異なるものであることはいうまでもないし、その清掃の対象とする物の表面及びその面上における附着物の性質、清掃操作の条件、清掃の程度等において、電子写真における感光体面の残留着色粉の清掃の場合と同等であろうとは容易に考えられないところである。したがつて、窓ガラス拭き、黒板拭きが、被清掃面を弾性拭掃板で直接摺擦するという技術的思想を含むものとしても、それが直ちに電子写真における転写後の感光体面の清掃技術に適用することができるとはいえない。
(四) 結局、審決の挙げる理由によつては、本件特許発明における電子写真方式の清掃装置の具体的手段が出願時において周知であつたとすることはできないし、また、右具体的手段が先願発明の電子写真法に対する自明ないしは無意味な構成の付加であることを認めるに足りる証拠もない。
3 以上の次第であつて、本件特許発明は、先願発明との間に特徴たる基本的な構成要件において差異があり、その差異をもつて単なる構成の差異とみることはできないから、両発明が同一発明といえないことは明らかである。したがつて、本件特許発明について、先願発明との同一性を理由にその特許を無効とした審決は、さらに進んで判断をするまでもなく、違法であつて、取消を免れない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容する。
〔編註〕 本件における特許発明の要旨は左のとおりである。
光導電層上に透明絶縁層を層合した感光体に、初めに一定極性の帯電を行ない、次いで光模様の照射と同時に前と逆極性の帯電または交流コロナを照射して潜像を形成し、これを着色粉で顕像し、転写材に転写した後、感光体面を弾性拭掃板で直接摺擦することによつて、残留着色粉を拭き取ることを特徴とする帯電露光同時電子写真方式における清掃装置